2015年11月1日〜15日
11月1日  ペドロ〔護民官スタッフ・未出〕

「リアン・バレットはあんたが調教担当だな」

『ああ』

「主従の仲はかなり悪い?」

『まあ、よくはない』

「犬本人がよそに恋人がいると言っていたが」

『ああ、どうだかな』

「?」

『あいつはウソつきだ。ただ、ひとをあやつるのがうまい。惚れてるのは相手の犬だけだろ』

「ロベルトか」

 そうだ、とアクトーレスは言った。

『ふたりで夜、逢引してやがった。買い物に行くといって、マーケットのトイレやら公園やら、互いの家でな』


11月2日 ペドロ〔護民官スタッフ・未出〕

『その件で前、ルシエンテスさんが激怒して、ロベルトを殴ったことがある。あれ以来、ロベルトは旦那が鎖につないで家を出さんらしいが、まだ匿名で花を一厘送ってくるって言ってた』

「花?」

『毎度、ブルーデージーをよこすんだとさ』

 庭にあった青い花だ。あの手で摘むのだろうか。それとも口か。

『もういいか』

「まだだ。リアンはなぜ審査に合格した」

 アクトーレスは鼻息をついた。

『言ったろ。あいつはひとを操るのがうまいんだ。審査のアホどもが騙されたんだよ』


11月3日  ペドロ〔護民官スタッフ・未出〕

 アクトーレスはさっさと電話を切ったが、ニーノはまだいた。

「審査のことに触れてやるなよ。おれたちがまだだと思っても、主人が審査をせかすことはあんのさ」

「ニーノ」

 ウォルフがこめかみに親指をそえ、

「そろそろ行かないと」

「あ、頭痛? 頭痛にはバレリアンがいいよ。おれもおととい」

「イアンにはもう言わない」

「?」

「かわりにアキラに電話する」

 ニーノは尻をのっけていたデスクから離れ、出口に向った。


11月4日 ロビン〔調教ゲーム〕

 夕食の席で、ケイはイルカ御殿に行ったことを話した。

「オバケ屋敷じゃなかったぞ」

 護民官職員の話をし、「むこうもエリックとは思ってない」と言った。

「たとえ、エリックのイタズラが何か関係していたとしても、ヴィラには空き家を放置した責任がある」とも言った。

 エリックは何も言わなかった。飯を食い終わると、さっさと二階にあがってしまった。

 まあ、面白くないのだろう。ケイはその辺の面倒くさい心情には気づいてないようだ。

「困ったな。エリックに聞きたいことがあったんだが」


11月5日 ロビン〔調教ゲーム〕

 ケイは言った。

「エリックが誰にこの幽霊話を吹き込まれたのか知ってるかな? 護民官府の連中は、この噂話の出処を知りたいらしいんだ」

 ミハイルが言った。

「はじめて聞く話だ。エリックの創作じゃないのか」

 だとしても、とフィルが言う。

「イルカ御殿自体は前からある。このことを彼に教えた人間がいる。キース?」

 キースは少しぼんやりしていた。

「きみか」

「……いや。おれじゃない」

「?」

 なんでもない、とキースは目をそらした。しょうがない、とアルが引き取った。

「ロビン、聞いてこい」


11月6日 ロビン〔調教ゲーム〕

 機嫌とりにランダムをつれて、エリックの部屋をたずねると、エリックは別にゴネることもなく言った。

「ロニーだ。あのアホから聞いた」

 ロニーは元特殊部隊のやつだ。エリックとは仲がいい。

「あいつがおれをイルカ御殿にやって、その間に放火殺人を引き起こすとは思えんが」

「じゃ、ロニーが誰かから聞いたんだろ。ケイは噂の火元が知りたいんだよ」

 ふーん、とまた興味なさげな顔になった。

「あんたさ」

 おれは言いかけたが、やめた。

「あんたも協力しなよ。ケイはCFに入れないんだしさ」


11月7日  ロビン〔調教ゲーム〕

 エリックはしぶしぶだったが、フィルは積極的だった。いつも腰の重い彼が、自分から進んでインタビュアーを買って出た。


「イルカ御殿か」

 ロニーはにわかに声をひそめた。

「おまえら気をつけろ。あそこは呪いがあるぞ」

「……」

「おそろしく凶暴な悪霊がいるらしい。こないだは入りこんだやつが、人体発火おこして火事になったって。そいつの死体はまだ――」

 エリックが止めた。

「与太はもういいんだ。ロニー、おまえその話をどこから聞いた?」

「ええ? あちこちだよ」


11月8日 ロビン〔調教ゲーム〕

「ヴィラには公表されていないだけで、何度か人体発火事件が起きているんだ。寂しい犬が火事を起こしたなんてみんなウソっぱちさ」

 フィルが止めた。

「きみのお伽話のせいで、エリックが災難にあったんだ。まじめな話をしてくれないか」

 ロニーは目をしばたかせた。

「夜、眠れなくなったのか」

 ふざけ好きのイギリス人にことの深刻さを理解させるために、少しかかった。
 ロニーは額を傾け唸った。

「毎日、いろんなやつとくっちゃべってるからなあ。――そうだ、JJだ」


11月9日 ロビン〔調教ゲーム〕

「パパ……マスターに聞いたんだよ」

 JJは小柄な可愛いやつだった。はたちは越えていると言ったが、金髪でバラの頬。ブルーの目はニコニコと愛想がいい。肘にはやんちゃな生傷があった。

「パパはタイ人なんだ。信心深い人で、精霊とかに詳しいんだよ。悪霊から身を守るために、いくつもお守りを持ってる」

 そういう彼のベルトにも消しゴムのような四角いお守りがあった。イルカ御殿の話は、ハロウィン話のついでに話したという。

「ロニーが軍の呪い話をしたから、ぼくもお返しに」


11月10日 ロビン〔調教ゲーム〕

 JJは笑うと肩があがって、女の子みたいに可愛い。こいつが悪辣な放火殺人の立案者には思えない。
 が、フィルはあっさり聞いた。

「アマデオ・ルシエンテスを知ってる?」

 JJは見返した。

「いや?」

「きみはそのタイ人のご主人がはじめて? 調教権をとったのも」

「今のプロイがはじめてだよ」

「土曜日の晩、きみはどこで何をしていた?」

 JJは目を丸くした。

「なんの話だ?」

 その時、テーブルに若い男がきて、勝手に席についた。

「JJ、おまえ弁護士をたてたほうがいいぞ」


11月11日 ロビン〔調教ゲーム〕

 フィルが眉をひそめる。

「きみは」

「リアン。被害者アマデオ・ルシエンテスのとこのワン公だ。JJとは友だちなんだ」

 リアンは軽くJJに目をやった。JJがぱっと頬を染める。
 リアンが言った。

「きみら、火の中に飛び込んでアマデオを助けたんだって? なぜ、JJを尋問するんだ。英雄の上に探偵の称号も欲しいのか」

 おれたちは目を見交わした。フィルが聞く。

「火事のこと、護民官府から何も言われなかった?」

「ふたり来たな。アマデオの敵について知らんか聞いてきた」


11月12日 ロビン〔調教ゲーム〕

 フィルは彼を少し見つめ、言った。

「情報をくれないか。じつはエリックが放火に関係あるんじゃないかと疑われて困っている」

「エリックは関係ないだろ。関係あったら、もっと好きになったけどな」

 それでもリアンは言った。
 アマデオにはここに数人敵がいるが、最近一番ホットなのはガンビーノ家だという。

「こいつは火事のあった家と同じエスクィリヌス区に住んでいる。数ブロック先だ」

「え」

「当然、あの空き家のことは知っていたはずだ」


11月13日 ロビン〔調教ゲーム〕

 リアンは言った。

「ただし、妙なことがある。アマデオが呼び出されたのが、金曜夜11時半。放火があったのが、土曜七時か八時」

「え」

 フィルが聞きただした。

「前日からご主人はいなかったのか」

「そう。この一日の経過が何を示すのかわからない。一日、アマデオを閉じ込めて何をしようとしたのか」

 怨恨かもな、とリアンは言い、立ち上がった。

「犯人が見つかったら教えてくれ。やり損なったドジ野郎にイヤミのひとつでも言いたい」

 彼が立つと、ひとつ先のテーブルからも大男が立ち上がった。


11月14日  ロビン〔調教ゲーム〕

 大男は連れらしい。フィルはリアンに声をかけた。

「ほかに動機のある人物を知らないか」

「おれだな!」

 リアンは中庭から出ていった。JJがクスクス笑う。

「あいつ、いいよね。サドっぽくて。話してると、女みたいな気分になっちまうよ」

 フィルは聞いた。

「あいつが好き?」

「おれは好きだけど、リアンには相手がいるんだ。さっきのやつじゃないよ」

 JJはゴシップを話した。おれたちはその相手がガンビーノの犬と知り、呻いた。

「あいつ、肝心なことを」


11月15日 ロビン〔調教ゲーム〕

 結局、JJは事件の土曜も前日も夜は、主人と家にいたとわかった。

 フィルはCFの帰り、黙りがちだった。エリックもむっつりしている。おれは言った。

「リアンは、ご主人とうまくいってないんだな」

「んー」

 ふたりの反応はあいまいだ。それぞれ考えごとに沈んでいる。

「不幸だよな。嫌いな相手に飼われるって」

「んー」

「あいつなんかしたのかなあ」

 ふたりはついに返事もしなくなった。突如、フィルが言った。

「JJのご主人に会う。二年も空き家なのに、幽霊話が出たのは最近だ。出所は彼だ」


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